紅葉狩

同好の士と横須賀芸術劇場の蝋燭能「紅葉狩」他を観る。観客に若い女性が多かったのは、おそらく野村萬斎が出演した狂言「鍋八撥」がお目当てだったのだろうが、「紅葉狩」が圧倒的によかった。

鹿狩りに来た平維茂が山奥で上臈と侍女に出会い、宴に誘われもてなされるが、これが実は鬼女で、心地よい酔いに寝入ってしまった維茂に襲いかかってくる・・・というお話。

狂言が終わると休憩に入り、一旦すべての照明が消された後、「火入れ式」と称して、真っ暗闇の舞台上の蝋燭に火が灯されていく。このときの笛・小鼓からして、あたかも斬新な現代音楽のような、極度に抽象化された名演だった。「紅葉狩」が始まっても、この二人の演奏は恐ろしい緊張感を作り出していた。特に小鼓の幸信吾の声は、前半の宴の場面から、すでに狂気に支配された世界であることを告げており、この声を聴いただけで、鳥肌がたってしまった。

もちろん、シテ観世喜正、ツレ小島英明・桑田貴志・長沼範夫の舞いも素晴らしかった。特に美しかったのは、全体的にかすかな青と緑の照明だけに抑えられた暗い舞台の上で、ゆらめく蝋燭の灯りに映えた、上臈と侍女の衣装だった。これはもっと真近に観たかった。

後半の上臈と侍女が、鬼女の正体を露にしてワキ平維茂に襲いかかる場面では、笛と小鼓のテンポが急展開し、シテ・ツレとも、前半の優美な姿とは対照的なおどろおどろしさ。4人で踊るのは観世流独特の鬼揃いの演出だそうだが、これでなくては、迫力は出ないだろう。

昨年の「船弁慶」もよかったが、今年の「紅葉狩」のほうが一層印象的だった。こういう素晴らしい舞台を、都合が悪くて観ることのできなかったもう一人の同好の士は惜しいことをしたものだ。