失われた月報を求めて

2月2日(金)、晴れ。久しぶりに木枯らしが吹き、寒い一日。先週の土曜日(1月27日)、早稲田で開催された某研究会に出席するため、少し早めに家を出て、途中、恵比寿の写真美術館で細江英公展を観た(名古屋の某美術館の館長さんとばったり会って、ご挨拶した)。その後、JRで高田馬場に行き、古本屋街をブラブラ歩いて早稲田に向かった。途中、S書房で中公文庫を4冊ほど買い、さらにコンクリート打放しがモダンなI書店によると、『コレクション瀧口修造』の11巻〜13巻がバラで置いてあった。
前の日記に書いたことがあったと思うが、12巻の月報が行方不明になっているので、何とはなしに値段を見ると、4500円だった。「この値段なら買ってもよいかな」と思い、しばらく迷っていたが、やはり月報だけのためにこの金額を払うのは少し考えものだと思い直し、見送りとした。
今日、久しぶりに家の中を整理し、本の配列をあれこれ変えているうち、しばらく見ていなかった雑誌「とやま文学」1986年3月号(特集 高島高、瀧口修造、田中冬二の世界)に、この月報が挟み込まれているのを発見した。いやいや、先週『コレクション瀧口修造』を買わなくてよかった。買っていたら、しばらくショックで暗い日々を送るはめになるところだった。
ところで、その早稲田で開催された研究会の次回(3月末)で、瀧口修造について報告することになってしまった。まあ、この2年間に報告した内容の焼き直しで何とか乗り切れると思うが、できれば3月までに何か新たな発見が欲しいところだ。
その前の2月15日には別の研究会もある。少し身辺が忙しくなってきたようだ。