U.B.C.ファイナル

6月1日(日)。前日までの信州旅行の強行軍がたたり、疲労がピークに達していたが、午後から外出。神田の古書会館で開催されている古書展「アンダーグラウンド・ブックカフェ」(U.B.C.)の関連企画である、林哲夫氏、黒岩比佐子氏の講演会に参加する。


林哲夫氏の演題は「モダニスト佐野繁次郎」。資料をかなり博艘されたようで、画家・装丁家である佐野繁次郎の生い立ちから、その後の人間関係、さらにはその絵画の背景など、モダニスト佐野繁次郎が誕生するまでの過程を、映像を使い、詳しく説明されていた。
生家があった船場付近の当時の姿や、佐伯祐三、芝川照吉、岸田劉生西村伊作などとの交友の模様、佐野の絵画と浄瑠璃との親近性などなど、初めて拝見する写真ばかり。この写真を発掘されただけでも大変なお仕事だが、これを巧みにつなぎ合わせて、佐野の絵画や装丁と結び付けられたのが、林さんの独創的なところで、実に説得力があった。佐野の仕事に対して深い理解と愛情がないとできないだろう。頭が下がった。あっという間に1時間半が過ぎた。
その後、林哲夫氏の進行により、佐野本のコレクター西村善孝氏との対談。コレクションの契機や概要、形成プロセス、さらには良好な家族関係の維持の仕方まで、なかなか具体的で楽しめた。


黒岩比佐子さんの講演を聴くのは、2月の「『食道楽』の人 村井弦斎」に続いて2回目。前回の講演も大変楽しかったが(その後、平塚市美術館を訪れた際、弦斎の旧宅跡を見に行ったほどだ)、今回は「編集者国木田独歩と謎の女写真師」と題され、タイトルからして魅力的で、関心をそそられる。
国木田独歩といえば『武蔵野』の著者で、ワーズワースのようなロマンティックな自然詩人、かつ田山花袋島崎藤村などの自然主義文学の先駆者という程度の知識しか持ち合わせていなかったが、黒岩さんによれば、実は独歩本人が最も情熱と労力を注いでいたのは、雑誌の編集という仕事だったそうなのだ。従来まったく注目されることのなかったこのような姿を明らかにした評伝の著者本人から、その内容の触りを直に聴けるのだから、講演が面白くないはずはない。
しかも今回は、独歩本人だけでなく、その仲間と運営していた「独歩社」で働いていた形跡のある謎の女写真師に関し、その存在に気がついて肉迫し、ついに正体を明らかにするに至った過程まで話して下さった。聴かなかった方は、本当に損をされたと思う。(この経緯は『編集者国木田独歩の時代』の中でも触れられているので、一読をお勧めします。)講演終了後、2月に続いてご著書にサインを頂いた。

内容があってしかも面白い講演の2本立てという、たいへん贅沢な午後を過ごさせてもらった。講演終了後、地下で開催されている古書展を見る。この古書展、今回で最終回だそうだが、惜しいことだ。形を変えて継続されるよう期待したい。1冊購入した。会場に居合わせたN書店の知り合いに挨拶し、大満足で帰宅。