ラッキーカード

selavy2008-06-05

6月4日(水)。雨も上がったので、午前中から出かける。まず芦花公園世田谷文学館「ファーブル昆虫記の世界」展。ファーブル先生直筆の資料・原稿や、息子のポール=アンリが撮影した、当時の写真などを拝見する。『ファーブル昆虫記』は、子供の頃の愛読書の一つだったので、懐かしかった(『シートン動物記』の方が、ドラマ性が強くて、いっそう好きだったような気もする)。図録を購入したら、おまけにポスターまで付けてくれた。確か会期は今度の日曜日までのはずだが、先着○名に入っていたらしい。

千歳烏山まで歩き、駅近くの鰻屋で遅めの昼食。いつの間にか値上げをしていたようなので、「松」でなく「竹」にした。神保町の洋食屋Gのお弁当と同じ値段だが、鰻だから仕方ないか。それでもたいへん美味しくいただき、商店街をぶらぶら歩いて駅まで戻る。ちょうど地下の改札口を通っている時に、ホームに電車が入ってきた。あわてて階段を駆け上がり、見るとと快速電車だったので、生命の危険をも顧みず飛び乗った。昼間の電車は空いていて気持ちがよい。席にゆったり座っているうち、ウツラウツラ居眠りをしてしまい、気がついたら稲田堤駅だった。橋本行きだったようで、調布から分岐したらしい。

調布まで引き返し、各駅停車で東府中へ。駅から公園の中を10分ほど歩いて府中市美術館まで行き、「ゆかいな木版画」を観る。60〜70人の創作版画を一挙に展示するもので(創作版画とは、下絵から版の制作・刷りに至るまで、分業ではなく作家自らが手がけた版画のこと)、大正・昭和期の竹久夢二・万鉄五郎から、今も活躍されている滝平二郎、菊池俊治、君島龍輝、風間サチコといった作家まで、顔ぶれは豪華で多彩だ。
点数にするとおそらく2〜300点の版画はあっただろうか。最近注目されている小林かいちの小品(封筒だったか?)なども出品されていた。武井武雄川上澄生初山滋は、驚いたことに3人とも1890年代の生まれだった。1970年代まで活躍されていたためか、もっと身近に感じていたのだが・・・。こうした版画家たちに蔵書票を作ってもらえたら、素晴らしいだろう。
見ていると、やはり動物や人物、風景など具体的な対象を再現的に版画にした、比較的初期の作品の方が、単純かもしれないが楽しめるようだ。時代が下るにつれて、近代絵画の様々な流れを木版画の世界で追求する版画家も出現してくるようで、その内容・技法が複雑で高度なのはわかるが、それが「面白い」とは限らないのが、創作版画というものの奥の深さかもしれない。

美術館を出て、隣接している公園のベンチで、缶コーヒーを飲みながら一休み。だいぶ気温が上がってきたので、木陰の微風が心地よい。

バスで武蔵小金井に出て、JRで三鷹に戻り、三鷹市美術ギャラリーの「中右コレクション―幕末浮世絵展」を観る。実はこの日一番のお目当てはこの展覧会だったのだが、期待に違わず素晴らしかった。展示は次のようなテーマに分けられていた。

1.装いとお洒落・女ごころの美人画
2.粋とダンディ・江戸の人気役者絵
3.旅ごころ・富士模様 四季の名所風景画
4.江戸の劇画、霊界・魔界のヒーロー 武者絵・芝居絵
5.政局風刺・時局パロディ・寓話・諧謔
6.シャレとユーモア造形の遊び 視覚のマジック絵
7.シャレとユーモア戯画・漫画
8.異国情緒・おらんだごのみ おらんだごのみ・刷物
9.ペリー黒船来航 開国絵・横浜絵
10.追善・肖像画
11.江戸のファッション・肉筆画

このテーマの設定は実に巧みで、この時期の浮世絵というものがよく理解できるのはもちろんだが、同じテーマの中で作品を比べながら見ていくと、作者ごとの作風の違いまでわかってくる(つもりになる)。浮世絵研究家にして国際浮世絵学会理事の中右瑛氏の個人コレクションを展示しただけのことはある。

上記1からして女性の色香ムンムンで、すでに圧倒されてしまったが(中でも広重の「上野不忍の池」「両国納涼大花火」がよかった)、2〜5も点数が多く、見ごたえ十分。9の「副将アダムス像」も、世界にこれ1点しか現存していないという珍品だそうだ。特に充実していたのは6だったと思う。
「視覚のマジック」といえば、野菜を組み合わせたアルチンボルド肖像画のように、人体を組み合わせて顔にしてしまった歌川国芳の、「みかけはこはいがとんだいい人だ」「人をばかにした人だ」「としよりのよふな若い人だ」あたりを思い浮かべ、もちろんこれらも展示されていたが、これだけではなかった。
国芳では、干支を寄せ集めて顔にしてしまった「年が寄っても若い人だ」、歌川芳藤の「子猫寄り集まって親猫になる」「猫の怪」「ふの字づくし福助」(目は河豚、眉は筆など、「ふ」の付くものを集めて描いた愛らしい福助。有卦絵という縁起物・ラッキーカードらしい。図像上掲)、さらに歌川貞房の「忠臣蔵小道具」、北斎「絵文字六歌仙」、広重の影絵「即興かげぼし尽し」などなど、絵とその趣向を堪能した。

会場を3周くらいしているうちに、6時をかなり過ぎてしまった。(見ているうちに、むかし愛読した一ノ関圭の漫画「茶箱広重」を再び読んでみたくなった。今度神保町に出たら、探してみよう。)知り合いが経営している吉祥寺の喫茶店を訪ねるのも、渋谷のパン屋Vに寄るのも、次の機会に回すことにして、吉祥寺から渋谷を経由し、東横線で帰宅。