原宿・神保町・銀座

selavy2008-09-12

9月12日(金)。朝、家を出て横浜駅ビルへ。新刊書まで1割引で買える恒例のバーゲンだ。最近出た学術系文庫などを買い込む。棚に置いていなかった単行本も一冊注文(G.ジュネット物語論)。ブルトンの『黒いユーモアの選集』が文庫化されたとは知らなかった。訳者の中にはすでに鬼籍に入っておられる人も多く、著作権継承者に連絡のとれない人もいるようだ。時の流れを感じる。
原宿に出て、太田記念美術館の「浮世絵 ― ベルギーロイヤルコレクション展」を観る(上図は東洲斎写楽「二代目小佐川常世」)。世界屈指の浮世絵コレクションで、全体的に保存状態がよく、刷りの微妙な色合いが鮮やかに残っている。質の点では世界一とも言われているらしい。確かに春信の中判錦絵や写楽の大首絵、歌麿美人画など、上野あたりで見るのとは別の作品のように美しかった。
世界で現存するのはここの1点のみという作品もあるようで、その中から6点を借り出して展示を実現できたのは有難い。その6点とは写楽の「二代目嵐龍蔵の奴なみ平 とら屋虎丸」「三代目市川高麗蔵の廻国の修行者西方の弥陀次郎実は相模次郎時行」「四代目岩井半四郎の鎌倉稲村が崎のおひな娘おとま実は楠正成女房菊水」の3点と、それに歌麿の珍しい妖怪絵3点「見越入道」「一つ目」「河童」(どれも上手すぎて、逆に「怖い」という感じがしない)で、おそらくこれらの作品は、生きているうちに実物を拝めるのは今回限りだろう。その他、北斎や広重、国貞、国芳なども、みな状態が良いものばかりだった。(前期は15日まで。大半は展示替えされるようなので、17日からの後期も必見だ。)
近くの食堂で昼食にした後、地下鉄で神保町に回る。某T書店に行くと。店主は仕入れに出掛けて留守だった。奥さんと見てきたばかりの展覧会のことや、浮世絵のこと、春画のことなどを話す。その後、話題はラジオ体操の効果から、独り者は脳卒中のリスクも上がるらしいという話に広がり、すっかり分が悪くなってしまった。早々に退散する。
銀座の百貨店で開催されている「白洲次郎白洲正子」展のチケットを頂いたので、帰り道に寄る。この二人、最近とみに人気が出てきているようだ。確かに白洲次郎は、ダンディでかっこいい人だが、GHQと渡り合ったエピソードとか講和条約のときの働きなどは、過大評価という気がしないでもない。愛用の衣服、時計、トランク、ゴルフクラブ、手製の竹製調理器具などのほか、憲法制定を巡る草案や書簡、講和条約関係の資料なども展示され、それなりに見ごたえはあった。
白洲正子に関する展示は、蒐集した書画骨董、食器などが中心で、今の目で見ると、それほどいいものばかりを集めたという感じはしないが、すでにこの時期に初期伊万里古伊万里を好んでいたらしいのは、やはり相当の目利きだったのだろう(青山二郎の弟子筋なのだから当たり前か)。ことに宗達の軸を3本も持っていたとは、うらやましい限りだ。そのほか、焼けた奈良経を軸に仕立てたものも、逆に紺色の地と焦げ痕の対比がきわめて美しいものだった。
二人が空襲を避けつつ、カントリーライフを楽しんだ武相荘は現存し、訪れる人に開放されているそうだが(武蔵と相模の境に存るため次郎がこう命名したそうだが、もちろん「無愛想」のシャレでもある)、会場を出ると、驚いたことに、二人が愛用した衣類や食器のコピーなどがあふれるように並べられ、「武相荘グッズ」として売られていた。武相荘も今や観光客向けの記念館かテーマパークと化し、その出店がしつらえられたかのようだ。会場の百貨店としては豊かで芸術的な生活を演出して物を売るのが目的なのだから、当然といえば当然かもしれないが、人気の背景もここらあたりに窺えるようだ。これを次郎が見たら「プリンシプルに則っている」と思うかは、疑わしいだろう。
夕方早めに帰宅。行く夏を惜しみ、一週間ぶりでビール1缶をを空ける。