ロングピースにコカコーラ

19日の日記で、嗜好品にはリスクが付き物だという話をしたが、これが高校生の時に教わった英語の先生の説とまったく同じであることに、今日、気が付いた。

この先生は1年生の時の担任で、入学した年にちょうど他の高校から赴任して来られたところだった。男性だったのだが、苗字がSで始まるので、いつしか皆、「サリー」と呼んで慕うようになっていた。

サリー先生の授業は、非常にレベルの高い、素晴らしい授業だったが、それにも増して面白かったのが、合い間に時々挟まれる余談だった。英文学、日本文学、映画、漫画、展覧会など、実にさまざまなことが話題に上った。私の文学・芸術好きの傾向が形成される原点といっても過言ではない。

学校の図書室にペーパーバックの蔵書を購入したのも、先生だった。ヘミングウェイの「老人と海」、モームの「お菓子と麦酒」、ジェローム K.ジェロームの「ボートの三人男」などなど、今にして思えば、高校生でも背伸びすれば何とか読めるような、しかも文学性の高いものが選ばれていたのだと思う。(ただし同級生たちはまったく無関心のようだった。まあ、これは高校3年の秋のことだから、無理もないが)

サリー先生は、大変な愛煙家で、お好みの銘柄はロングピース。味と香りはもちろん、あのクリーム色の、洒落たデザインのパッケージもお気に入りのようだった。ハイライトやセブンスター、ましてマイルドセブンではもの足りなかったのかもしれない。

3年生の年の6月下旬に開催された文化祭では、広い中庭の一角に出た模擬店で、サリー先生がコカコーラを買い、アルミのベンチに座って、実に美味そうに飲んでおられた姿が目に浮ぶ。梅雨明けを思わせる陽が射し、時おりそよ風がわたっていった。そしてロングピースに火を点けるとペーパーバックの頁をめくっては、そっと煙を吹きかけたりする…。

そのサリー先生が怒っておられたのが、カフェインレスのインスタント・コーヒーである。「カフェインを抜くなんて、そんなのコーヒーじゃない」と断言されるのだった。「煙草はニコチンが含まれているから煙草といえるのだ。それと同じでコーヒーはカフェインが入っているからこそコーヒーなのだ……」

いやいや、まさかこんなことまでサリー先生と同じような発想をするとは、思ってもみなかった。若いときに受けた教育が、いかに人間の深いところまで染み込むか、よくわかった。

筆不精なので、卒業以来、このサリー先生にもまったくご無沙汰してしまった。その後、私の書いたものがいくつか活字になったので、だいぶ年も経っているのだが、お送りしたらきっと想い出して喜んでくださるだろうと思い立ち、元の同級生から同窓会の名簿を借りて、教員のページを開いてみた。すると驚いたことに、サリー先生の欄には、ただ次のように記されていた。「逝去」

という訳で今日のBGMにはベニー・ゴルソンの名曲 《I remember CLIFFORD》を、キース・ジャレットゲイリー・ピーコックジャック・ディジョネットのトリオによる名演で。