大琳派展など

selavy2008-10-26

10月21日(火)、旅行から帰ったばかりだが、上野の国立博物館「大琳派展」を見に行く。知り合いの女性2名と前から約束していたのだ。
会場に入るとまず、光琳風神雷神図屏風」、抱一「風神雷神図屏風」、其一「風神雷神図襖」が展示されていた(宗達風神雷神図屏風は後期に展示されるそうだ)。続いて光悦・宗達の部に入る。宗達「蓮池水禽図」「月に秋草図屏風」などが展示されていたが、個人的には水墨画や屏風絵などが、もう少し多くてもよかった気がする。それでも宗達下絵・光悦筆の数々の巻物・断簡などは素晴らしかった。
光琳・乾山の部では光琳の「波涛図」が里帰りして展示されていた。実物はなかなか見る機会がないので、しっかり目に焼き付けた。乾山の「立葵図屏風」「梅・撫子・萩・雪図屏風」なども珍しいものだ。光琳に関する重要な文献である「小西家旧蔵資料」や、抱一編「光琳百図」はなかなか興味深かった。抱一・其一の部も粒が揃って充実していたが、このあたりまで来ると疲れてしまい、緊張感が続かない。
宗達風神雷神図屏風」は後期の展示、光琳「燕子花図屏風」はすでに展示が終了しており、展示の端境期に当たってしまった印象は否めないが、両者とも代表作なので、また見る機会はあるだろう。)
光琳生誕350周年記念なのだから、光琳・乾山に絞って、「紅梅白梅図屏風」「燕子花図屏風」「八橋図屏風」「孔雀立葵図屏風」「槇楓図屏風」「竹梅図屏風」などを一挙に見ることができれば最高だったが、各美術館の目玉になっている作品ばかりだから、こういう展覧会は夢のまた夢なのだろう。
その後、JRで水道橋に行き、某M翁の二色天ザルで昼食にする。女性2名は初めて来たそうで、喜んでいただいた。ここでお開きにし、私だけ神保町まで歩き、某T書店を覗く。店主は仕入れに出掛けて留守。奥さんが居たので、しばらく名古屋・富山旅行などの話。お茶をいただいて帰宅。

10月24日(金)、夕方から早稲田大学で開催されたシンポジウム「シュルレアリスム的視覚体験とは何か―フレーム、イメージ、キャラクター」を聴く。鈴木雅雄(早稲田大学教授)がコーディネーターを務め、パネリストに塚本昌則(東京大学准教授)、齊藤哲也(山形大学専任講師)を迎えるもの。この春、東京都写真美術館で開催された大規模な写真展の際のシンポジウム(およびこれを活字化した「水声通信」25号の特集「シュルレアリスム美術はいかにして可能か」)を受けた企画だ。
塚本・斉藤両先生の発表はそれぞれ緻密で、内容がぎっしりなのはわかるが、私のようなレベルでは論理に着いていくのが難しい。鈴木先生の講演は主にブローネルとエルンストのスライドを使い、「シュルレアリスム絵画」の分析概念として導入しようとされている「図、キャラクター」の概念について説明するもの。こちらの発表もその深い意味合いを理解できたとはとても言えないだろうが、スライドの図版自体が興味深く、楽しく聴くことができた。
その後、発表者3名(と会場の聴講者)によるディスカッション。分析のために新しい概念装置を持ち込み確立しようとする際は、このような相互に共通点や対立点のある、いろいろな見方を擦り合わせる過程が不可欠なのだろう。そういう現場に立ち会え、その熱気を感じることができたのが、最大の収穫だ。この熱気を共有し、さらに煽るようなことができればいいのだが。
シンポジウム終了後、出席者・学生合わせて20名ほどで近くの料理屋に行く。岩手地鶏の水炊きなどを囲み、ビールを飲みながら歓談。久しぶりに酔っぱらって、足元がふらつき、気がつかないうちに日付変更線を跨いでしまった。