神保町から両国へ

知り合いに誕生祝いのメッセージを送ったら、御礼の返信が届き、「急に寒くなってきたから、風邪などひかないよう」と気遣ってくれたのだが、まさにドンピシャのタイミングだった。このところの冷え込みで風邪をひいてしまったらしい。朝起きたら、唇がやたらと渇き、少し熱っぽかった。だが今日は別の知人と江戸東京博の「「ボストン美術館蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」に行く約束をしていたので、午前中に家を出る。

まず神保町の蕎麦屋M翁に行き、手打ち蕎麦で昼食。知人は暖かいけんちん蕎麦を選んだが、こちらは喉のあたりが熱っぽかったので、冷しなめこ蕎麦にする。いつもながら美味かった。冷しなめこ蕎麦はこれで今シーズンの食べ収めだろう。冷酒も楽しみにしていたのだが、この体調では、さすがに自重する。知人には申し訳ないことをしてしまった。その後、水道橋から両国に出て、博物館に入る。

展示は次のような四部構成だった。①江戸の四季、②浮世の華、③歌舞礼賛、④古典への憧れ。全体を通じて、実に見応えがあった。特に北斎の「唐獅子図」、「鳳凰図屏風」、「李白観瀑図」、提灯絵「龍虎」、同「龍蛇」などは圧倒的だった。歌麿「三味線を弾く美人図」も素晴らしかった。

         

その他、印象に残ったのは、鳥文斎栄之「象の綱」と勝川春潮「あぶな絵尽くし」の春画の画巻や、烏山石燕「百鬼夜行図巻」、菱川派の「変化図巻」の妖怪絵巻など。春画は当たり障りの無い場面だったが。

今年の日本画の展覧会は、海外からの里帰りが多い。冬のバーク・コレクション、夏のプライス・コレクション、このビゲロー氏のコレクション・・・。日本美術の傑作が海外に流出してしまったのは、残念と言えば残念だが、逆にこれらのコレクターが居なかったら、こうした名品の数々はおそらく散逸してしまったに違いない。やはり彼らには、感謝するべきなのだろう。それにしても、明治期以降の日本人は(岡倉天心や当時の日本画家を例外とすれば)どうして日本画や日本の文化の魅力がわからなかったのだろう? 今から振り返ると不思議な感じがする。

いや、実は今でもこういう事態は、あまり変わっていないのかもしれない。これは浮世絵ではなく盆栽の話だが、名品のコレクションが散逸の危機にあるらしい。高木盆栽美術館所蔵の盆栽100点をさいたま市が5億円で購入して美術館を建てるという構想が、反対にあっているとのこと。

あの美術館を訪れたことがある人なら、盆栽愛好者でなくても、コレクションのレベルの高さはわかるはずだし、5億円は安いものだと思うのではなかろうか。盆栽の中の盆栽というような逸品が目白押しで、中には樹齢数百年などというものもある。そんな歳月を生き抜いて目の前に根付いていること自体、奇跡といえよう。

といっても、地元の理解が得られず、現に反対する人がいるのなら、購入は難しいだろう。反対を押し切って購入したとしても、他の多くの美術館同様、その後の運営費が削られ、盆栽の手入れも満足にできなくなるのは目に見えている。それどころか、枯らしてしまう危険性だってあるだろう。そんなことなら、最初から購入しないほうが良い。残念だが、それが民主主義というものだ。

このコレクションには隣国の富豪が関心を示しているという話もあるらしいが、お膝元の日本で愛されず、理解もされないのなら、そちらにまとめて購入してもらった方が、あの盆栽たちにとっても幸福なのかもしれない。