ワッペン

9月某日、相変わらず夏のような暑さの下、朝から木場の東京都現代美術館に磯部行久展を観に行く。同時開催のイラストレーター氏の展示には、若い人を中心に90分待ちの行列が出来ていたが、こちらはそれほど入場者が多くなく、落ち着いて拝見できた。
磯部行久といえば60年頃のワッペンをモチーフに使ったレリーフのような画面を思い浮かべ、「ジャスパーの国旗や標的をワッペンに換えた訳ね」などと軽く考えていたが、初期の絵画から現在の環境芸術家としての活動まで、年代順にその仕事を追って見ていくと、その変遷にきわめて一貫した筋が通っているのが判る。本年に開催された中では出色の展覧会だった。カタログもきわめて充実していた。
特に、大きな透明ビニールのドームを膨らませる「エア・ドーム」に、実際に触れることができたのは収穫だった。靴を脱いで中に入ると、小川のせせらぎや虫の声が聞こえてきた。あまりにリアルな音響なので、驚いて見渡すと、どうやら4隅においてある、帆掛け舟の帆のように湾曲した小さな白い板が音源のようだった。「寺垣スピーカー」という、物体の振動波を用いるスピーカーで、開発したのは寺垣武さんという天才的な技術者でその筋では有名な方だそうだ。(このスピーカーでフォーレのレクイエムを聞いてみたいと思った。)気持ちがよかったので、しばらく横になって休んだ。
招待してくださった学芸員のSさんがちょうど会場に出ていらっしゃったので、しばらく立ち話。聞けば、夏には熱気球を飛ばすイベントが行われたそうだ。熱気球は、本来は、気温の高い夏ではなく冬に飛ばすもので、しかも風がある日は炎の状態が不安定になって危ないため、イベントがうまく行くか、かなり危ぶんでおられたそうだが、イベントが組まれていた日だけは、奇跡的に風が収まった由。このイベントにも、参加してみたかった。
夕方、池袋の某所に回り、ある研究会に出席した。テーマは1930年代の純粋詩の概念と、これを巡る論争など。例によって21時を回る頃まで白熱した討議が続いた。帰路、山手線が人身事故でストップした影響で、埼京線まで遅れが出たため、帰宅できたのは日付が変わる頃だった。