六本木・神保町・九段下

9月某日。秋なのに夏のような一日、午後から出かけ、六本木一丁目(泉ガーデン)の泉屋博古館(分館)で「花鳥礼賛―中国・日本のかたちとこころ―」を観る。ここは住友家の旧蔵品を収蔵・展示する施設で、本館は京都にある。三井記念美術館静嘉堂文庫、出光美術館根津美術館五島美術館などもそうだが、コレクションの粒が揃っているので、拝見していて心地よい。
沈南蘋の「雪中遊兎図」は代表的な優品。狩野探幽の「桃鳩図」は、いうまでもなく北宋徽宗皇帝の「桃鳩図」の写しで、描き方も生硬だ。伝・辺文進「鳩図」は岸田劉生の旧蔵品。この名品を入手したときの模様が、「劉生日記」に図入りで綴られているそうで、箱書きとともにこの日記の写しも読めるように展示されていた。その他、伊藤若冲「海棠目白図」(「動植綵絵」と同時期と解説されていたが、明らかに遡るだろう)、彭城百川「梅図屏風」(光琳の紅梅白梅図と好対照)、森狙仙「孔雀図」、土佐光起「菊花図」、円山応挙「双鯉図」(北斎の方が好ましい)、伊年印(宗達工房)「四季草花図屏風」など、どれも名品だったが、どうも最近は、呉春や松村景文など、文人画の要素も入った柔軟な画面に心惹かれるようだ。2室のみの小ぢんまりした(しかし気品のある)空間で、適度な緊張感があった。観光気分で入ってくるような人は居らず、みな控えめながら熱心に見入っているのが好ましかった。
城山ガーデンとテレビ東京の脇の、涼やかな緑陰の路地を通って神谷町に降り、日比谷線・千代田線を経由して新御茶ノ水駅まで行く。階段で地上に上がり、神保町へとぶらぶら古本屋さんを巡る。K文庫、Bギルド、G堂を覗き、S堂で新刊書を一冊買ってから、T書店に入っていくと、先に来ていた常連さんと店主が何か話しているところだった。店主が「おやっ、ちょうど専門家が来たから、見てもらいましょう」という。見ると瀧口修造武満徹宛て手稿「未然の構図」を丁寧に製本した豆本だった。
「この手稿は確か『ユリイカ』にコピー図版の形で掲載されてましたから、頁を切り取ってカットし、製本したものでしょう。こういう手作り本はいかにも瀧口さん好みですね。表紙の紙は、少し違うと思うけど」というと、「ああ、そうだったのか。これIさんの旧蔵品なんだ。Iさんもこういう手作りの本がお好きで、よくご自分で作っておられたからなあ」と、常連さんと顔を見合わせながらいう。「どういうものか教えてくれたから、あなたにあげるよ」「えーっ、いいんですか?」「うん、どうせ売り物にはならないし」というので、ありがたく頂戴することにした。しばらく世間話をして店を出る。(こういうときは、お礼に何か買うのが礼儀だが、あいにく「これは」というものが見当たらなかった。次回、何か買わないと、林哲夫画伯の近著ではないが「古本屋を怒らせる」ことになりかねない・・・)
豆本をついつい人に見せたくなり、N書店の知り合いを訪ねて、ひとしきり自慢する。ここでもあるイヴェントのチケットをいただいてしまった。(こちらにも次回、何かお礼をしなくては。)
その後、ある研究会に出席するため、歩いて九段下に向かう(途中、吉野家に寄り、並ツユダクで腹ごしらえ)。研究会の発表テーマはアンフォルメルの先駆者ヴォルスの写真について。画集・写真集やカタログは何冊か持っているが、瀧口修造が南画廊のヴォルス展の時に寄せた文章くらいしか予備知識がないので、ヴォルスの生涯と仕事、贋作の問題、評価の変遷などを知ることができて有意義だった。出席者で近くの蕎麦屋に入り、会食。