関西旅行(4日目=最終日)

朝8時すぎにホテルを出て、バスで太秦に行く。広隆寺の境内には、まだ他に拝観者が居なかった。広すぎず狭くもなく、文字通り表の日常と切り離された静けさだ。植え込みは手入れが行き届き、青々とした苔には丁寧に打ち水されて、たいへん気持ちがよい。境内の奥の宝物館に国宝・重文の仏像が集められ、弥勒菩薩半跏思惟像はその中心に安置されていた。低めの柵の前に設けられた、小さな横長の座敷に上がり、ゆっくりと仰ぎ見る。
このお姿と微笑みは考え事をする楽しさそのものだと言われることもあるが、確かに拝見していると、どんな悩みを抱えた心も和むだろう(その「和み」が後まで続くか否かが大問題なのだが・・・)。右斜め前の角度から拝むと、右の指先と頬の間にかすかな空間のあるのが見え、まさに指先が頬に着くか着かないかの瞬間が彫られているのがわかる。これも時間の空間化か? 前に拝見した中宮寺弥勒菩薩は、色が黒く、造形の厳しさを感じたが、こちらの弥勒菩薩は親しみやすさというのか、より人間に近いように感じた。
広い展示室には弥勒菩薩像のほか、全体で30体ほどもあるだろうか。改めて端から順番に一体一体拝見していく。弥勒菩薩の傍らには、さらに小さな弥勒菩薩像が置かれ、さらにその傍らにこのお寺を開いた秦氏夫妻像が安置されていた。夫妻やその後裔によってこれらのお像が大事にされてきたことが偲ばれ、暖かいものを感じる。朝から落ち着いた、満ち足りたひと時をいただいた。
バスで四条河原町に戻り、さらにバスを乗り継いで、再び京博を訪れる。平日なら少しは空いているかと思ったが、休み明けの火曜日ということもあり、考えが甘かったようだ。今日も「1時間待ち」とのことで、入り口脇のカフェで早めのランチにして(メニューがまるっきりファミレスだ)、様子を見ることにする。じきに食べ終わり、食後のコーヒーも飲み終えてしまったのだが、いつまでたっても人波が途絶える様子はない。諦めて席を立ち、行列の最後尾に並ぶ。他にやることもないので、読み残した文庫本をひたすら読み進める。巻末の解説まで読み終えた頃に、ようやく順番が回ってきた。
館内が前回ほど混んでいなかったのは幸いだった。檜図や竹図などの障壁画を写した縮図など、日曜日にいくつかの重要な作品・資料を見落としていたことも判った。平日に再訪したのが報われたようだ。平常館に回ると、永徳展に合わせてちょうど山楽・山雪の障壁画などが展示されていた。これも観ることができてよかった。
そのまま歩いて智積院まで行き、等伯・久蔵親子の「楓図・桜図襖絵」を観る。永徳が力強く豪快だとすると、等伯は情感に溢れ繊細優美だ。どちらも好きな絵師であることは間違いない。奥に造営された利休好みのお庭も拝見する。今日の主な予定はこれでおしまいなので、しばらく植え込みや石組み、池の鯉などを眺めてのんびりする。
その後、バスで近代美術館まで戻り、現代イタリアの陶芸家カルロ・ザウリ展を観る。現代陶芸の世界では著名な作家だそうだが、不勉強ながら初めて名前を聞いた。初期の色鮮やかなマジョルカ焼きから晩年の白い肌・黒い肌の立体まで、年代順に展示されている。初期は壷、器、皿が中心で、明らかに焼き物として制作されているが、年代を下るに従い、焼き物から立体へと変化・発展していく。
特に晩年は、立体と台座との関係も探究テーマとなったようで、両者が連続的に、一体化されているものが多い。ダリの描いた時計のように、台座の角から今にも流れ落ちるかのように造形された作品もある。白い肌の曲面や波打つように重なる襞の表現は、エロティックなのだが、むしろ清潔な感じがして好ましい。よい展示を見せてもらった。おまけに、某所から回してもらった招待状で入ったので、帰りがけにカタログまで頂いてしまった。感謝!
カフェで一休みしていると、友人のI氏から電話。「確か今晩のバスと聞いたけど、それまで予定がなかったら、一緒に飲もう」とのお誘いだった。まさに ”A friend in need is a friend indeed.” 持つべきものは良き友だ。ホテルに戻って預けていた荷物を受け取り、指定された書店(四条烏丸に新しく出店したBook○st)まで喜び勇んで駆けつける。
しばらく新刊書などを立ち読みしていると、そこにI氏も来店され、高瀬川沿いのお晩菜カウンター飲み屋に案内された。蛸の煮付け、かぼちゃの煮物、キノコの炒め物など、どれも懐かしい家庭の味。今回の旅行のこと、シュルレアリスムのこと、コレクションの行く末のこと、その合間に日本シリーズの経過など、話は尽きない。10時もかなり過ぎたので、この店の名物明石焼きで〆る。四条河原町でI氏と別れ、市バス(おそらく最終か)で駅前に戻る。
夜行高速バスでは、また携帯お兄さん(往路とは別人?)と乗り合わせてしまったが、今回は席が空いていたので、画面が死角に入る席に避難してしのぐ。うつらうつら夢と現実の間を行き来しているうち、横浜駅東口までたどり着いた。早朝から職場に向かう人々に混ざってJRに乗り、なんとか帰宅。