「表紙はポスターである!」

11月某日、前日までとは打って変わり肌寒く感じられる日、午後から外出。神奈川県立近代文学館の「無限の大宇宙―埴谷雄高『死霊』展」を観る。遺族から寄贈された草稿・書簡などが、『死霊』の構成に従って、ということはすなわち年代順に展示されている。この作品を通読したことがないためか、「無限の大宇宙」というタイトルは今一つしっくり来なかったが、この作家の絶え間ない着実な仕事の進め方には、感銘を受けた。高橋和巳の一周忌に際した京都大学での講演の音声も流されており、予想外にユーモアのある話し方に驚いた。
丘を降りてそのまま馬車道まで歩き、神奈川県立歴史博物館の「宋元仏画」展を観る。開館40周年記念特別展だそうで、鎌倉時代にもたらされた宋・元の仏像・仏画・資料を、県内の有力寺院を中心に、全国から集めて展示したもの。3回も展示替えのある大変充実した展示で、特に新発見の陸信忠の羅漢図の色彩の美しさに驚いた。展示リストによれば前の展示期間には「六道絵」も来ていたようだが、残念ながら見逃してしまった。
桜木町に出て、JR浜松町経由、大江戸線で六本木まで行き、富士ゼロックス・アートスペースの展示「グラフィックデザイン1930:版画、写真、タイポグラフィ、アイソタイプ」を見る。1920〜30年代の中欧・東欧を中心とする出版物などの展示。リシツキーの版画やマン・レイのポショワールなども含まれていた。もちろんこの会社のコレクションが中心だが、展示の共催者である研究者たちがこつこつ蒐集してきたものも含まれているそうで、規模はそれほど大きくないが、バウハウス構成主義アヴァンギャルド関係の主な雑誌が網羅された、素晴らしい展示となっていた。特にルーマニアアヴァンギャルド雑誌「75Hp」(75馬力)が展示されており、後にシュルレアリスムで重要な役回りを果たすヴィクトール・ブローネルによる表紙の構成を見ることができたのは、僥倖としか言いようがない。
この日は埼玉大学の井口教授によるフロアレクチャー「アヴァンギャルド・アートにみるグラフィズムの源流」も催された。出版物の実物に手にされながら(といっても、もちろん手袋をはめてだが)、1920年代の東欧から30年代以降の欧米へ、またタイポグラフィの確立から写真を利用したヴィジュアル・コミュニケーションへという流れを、きわめて的確かつ要領よく解説された。モホイ=ナジ、ケペッシュ、タイゲたちの仕事の流れが分かったような気がした。モホイ=ナジには「タイポグラフィはコミュニケーションの手段である!」という言葉が、またタイゲには「表紙はポスターである!」という言葉(宣言)があるそうだ。