共存

11月某日、先日回りきれなかった茅場町のギャラリー「タグチ・ファインアート」を訪れる。ポーランドを代表する女流芸術家(というより、世界で最も重要な彫刻家の一人)マグダレーナ・アバカノヴィッチの近作展「共存」を観る。
わざわざギャラリーの入り口を睨むように設置・展示されており、入ろうとしても、一瞬たじろがざるを得ない。そのくらい、圧倒的な存在感だ。(これほどの迫力ある立体を観るのは、兵馬俑を見たとき以来かもしれない。)人間ではなく獣でもない、ミノタウロスのような生き物。コミュニケーションの断絶どころか、彼らの考え方や感じ方を理解することも不可能だろう。いや、そもそも彼らが「考え」や「感覚」を持っているか否かすら、人間にはわからない。しかし、対話の糸口を見出すための努力は、続けていかなければならない。こういう存在とも共存していかなければならないのだ。この世に存在し生き続けるとは、そういうことなのだろう。
          

アバカノヴィッチは1930年にワルシャワ近郊に生まれ、ナチズムとスターリン主義の圧政を二つとも体験し、その辛酸を何とか潜り抜けながら制作を続けてきた作家で、当初は制作の材料を入手することすら困難だったため、織物を用いて立体を作ることから始めたそうだ。ギャラリーに置いてある15年ほど前の大規模な個展の図録を見ると、その後のこの作家の着実な歩みを辿ることができる。いくつかの流れ・傾向に分かれるように見えるが、一貫してきわめて強靭な思考に裏打ちされている。
今回展示されている3点は、そのいくつかの流れが集約されているように思われ、おそらくこの作家の代表的な作品の一つということになるだろう。長く作家の手元に置かれて手を加えられてきたため、今回の展示が世界初公開だそうだが、願わくば、国内の購入予算を持っている美術館の中にこの代表作の素晴らしさを理解するところが存在し、そこに収蔵されんことを。(どうやらギャラリーでは海外の方が国内より可能性が高いと考えているらしく、リーフレットも英語で作成されているのだが・・・)また、できるだけ多くの方がこの作品をご覧になるよう、お勧めしたい。
中央区日本橋茅場町2-17-13 第2井上ビル4階 / tel 03-5652-3661 / 12月22日まで  http://www.taguchifineart.com/installations/MAinst2.html
続いて神保町に回り、N書店の知り合いと、京都から東京駅前に出店してきたイノダ珈琲店や最近の展覧会のことなどについて少し雑談する。T書店に回ると、店主は遠くに出張中とのこと。某版画専門店の最近のカタログに出ていた、ある版画集の行き先について教えてもらおうと思っていたのだが・・・。奥さんと夏目漱石展、埴谷雄高展などについて話す。2階に上がると、弟さんも外出中だった。アルファベット順の棚の"P"のところに、プレイヤッド版のアルバムが見えたので、尊敬する(ネット上の)知り合いが熱く語っていたプルーストかと思って取り出すと、プレヴェールだった。がっかりして棚に戻し(プレヴェールには何の罪もないのだが)、忙しそうにしているこの店の重鎮Aさんに挨拶して、帰宅。
夜、横田茂ギャラリーを先日訪問した際に注文したJ.コーネルの新しいカタログ、 ”Navigating the Imagination” と ”imagine joseph cornell” の2冊が届く。いつもながら神経が行き届いた完璧なパッケージに感嘆し、しばしそのまま鑑賞する。その後、やや躊躇しつつ封を開け、頁をめくると、後者の印刷のほうが色彩が淡くて好ましかった。