バー「ガストロ」の想い出

銀座コリドー街にあったバー「ガストロ」のことは、色々な人が語っているが、たまたま昨日、ふとしたきっかけで当時のことを振り返る機会があったので、書いておくことにしたい。

本当に奇蹟のようなスペースだった。カウンターに5〜6席。他に二人用のテーブル席があったような気もするが、もう20年も前のことなので、記憶が定かではない。様々な酒瓶が並べてある壁は、それだけで趣があったが、何よりすごかったのが、その周りに架けられた現代美術の数々だった。

真中には瀧口修造のデカルコマニー。その隣にジャスパー・ジョーンズティンゲリーの小品。しかもよく見ると、それは、この店のコースターを使った作品だったりする。店に来た時に気の赴くままに描いてくれたのだそうな。もはや壁全体が一つのメルツのような作品と化している感じ。当時の現代美術関係者、特に南画廊周辺の人の溜まり場だったのだ。

最初にこのバーのことを知ったのは、瀧口修造のことを描いた大岡信の文章からだったと思う。それなら是非行かなくてはと思い、電話帳で調べると、コリドー街の住所がでているのだが、その住所を訪ねると古い雑居ビルがあるだけで、バーなどはない。思い切って電話を架けて場所を聞いてみると、
「うちは会員制ですから」と言うだけで、とりつくしまもない。

ガストロの場所を知ったのは、ふとした偶然だった。銀座の、ある美術関係の会の帰り道、先頃まで上野の学校で教鞭を採っておられた美術家のN先生と、方向が同じだからというので、新橋から京浜東北線で一緒に帰ることになった。ところがN先生は、コリドー街の真中あたりで、「ちょっと挨拶だけしてきますから、待っていてください」とおっしゃって、古いビルの階段をトコトコ上がっていった。

すぐに下りてこられ、「じゃあ行きましょうか」というので、そのまま歩き始めて、銀座8丁目あたりまで来た時にハッと気付き、「先生、このあたりにガストロっていう店があるそうですが・・・」というと、
「あれっ、さっきの店がそうですよ。それだったら、一緒に飲めばよかったねえ」とおっしゃる。残念だったが、とにかく場所だけはわかった。

その後、早速、店を訪れた。ビルの階段を上がると、右側に趣ある木製の扉がある(どことなくデュシャンの「遺作」を想起させる)。ギィッと開けて中に入ろうとすると、マスターがこちらをジロッと睨んで、電話と同じように「うちは会員制ですから」と言う。

「いえ、私は瀧口修造先生の大ファンで・・・」と説明しようとすると、「タキグチ」と言ったか言わないうちに、マスターがニコニコと表情を崩して、「ああ、それならどうぞどうぞ」と言うのだ。「タキグチ」の一言が、開けゴマの呪文と化した瞬間だ。そして、「瀧口さんが来ると、いつもそこに座っていたのですよ」と、壁際の一番左の席を教えてくれた。カウンターの中には奥さんもいて、夫婦二人で切り盛りしているのだった。

その日から、銀座に行くとガストロに寄って、マスターが作ってくれるカクテルをチビチビ飲みながら、瀧口さんに関するいろいろな話を聴くのが、楽しみになった。ほとんど入り浸りという感じ。瀧口さんのことだけでなく、いろいろなお酒のことや酒場の礼儀作法なども教えてもらった。ジャズの話題、テニスの話題も出た。美術業界や美術記者の裏話などもこっそりしてくれたものだ。

そうして3年くらい経ったある晩、階段を上がっていくと、扉に「事情があって閉店することになりました。長い間ありがとうございました」と貼り紙がしてある。ショックだった。

後で聞いたところでは、マスターが不治の病で倒れ、それから間もなく、帰らぬ人となったそうだ。あの壁にあった作品は、たぶん奥さんが今も大事にしているのだろう。