ガストロと東野芳明氏

先日の日記にバー「ガストロ」の話を書いたが、マスターのもっとも親しい美術評論家は、実は東野芳明氏だった。東野氏のことがよく話題に上ったし、ドアを開けて入った右側の壁には、確か東野氏が撮影した水中写真が飾ってあったと思う。東野氏は、スキューバ・ダイビングが趣味だったのだ。

デュシャン研究者で知られている東野氏は、まだこれからという時に、脳梗塞で倒れられた。その後、懸命なリハビリに取り組まれていると聞いていたので、デュシャンピアンの端くれとして、復帰されるのを待望していたのだが、亡くなられたと聞いて驚いている。まことに残念だ。
ご冥福をお祈りしたい。

東野氏は、瀧口さんとデュシャンとの出会いの証人としても重要な人だ。確か瀧口さんの欧州旅行に途中で合流して、一緒にダリを訪問していたはずだ。ダリから「瀧口の息子か?」と訊かれて、東野氏が「精神的には」と応えたので、このあまりの名回答に、さすがのダリも二の句を接げなかったという。

その晩はダリ宅の向かいのホテルに宿泊し、翌朝、瀧口さんが別れを告げに行くと、ダリが二階から手を振って招く。ちょうどデュシャンが避暑に来たところだったのだ。瀧口さんは、早速この反芸術の元祖に挨拶し、「あなたの芸術は・・・」と言いかけて、思わず「ノン!」と打ち消したら、デュシャンはニコニコ頷きながら見つめていたという。

デュシャンとの邂逅というこの場面は、瀧口さんの欧州旅行の中でも、ハイライトの一つなのだが、この時東野氏はといえば、表のタクシーの中にいて、この一部始終を目撃し損なってしまった。このことを東野氏は後々まで口惜しがることになる。

ただ瀧口さんのブルトン宅訪問には、その二日目に同行しており、二人の会話を脇で聞いていたはずだ。あのブルトンと瀧口さんの写真にも、若き日の東野氏が一緒に写っているものがある。